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無力感
2021.6.10

 

改めて、

ママカクすごいなあと感じている

今日この頃。

 

情報の量と質の高さに

感動しています。

 

 

私も2歳差男女二人の母、

しかも普段は

仕事しながらのほぼワンオペ育児なので

子育て中のお母さんたちの

「これ良かったよ!」という情報が

ありがたすぎる・・・泣

 

 

ママカクのメンバーさんは

優しい方ばかりで。

そして情報通だったり、

こだわり屋さんだったりする方も多くて。

 

コメントを拝読するだけでも

かなり勉強になるし、

今日からすぐ、子育てに役立つ情報が

溢れている。

いや、溢れかえっている・・・笑

 

 

自分の知識や経験って

「損したくない」とか

「独り占めしたい」とか

「私が1番でいたい」

というような思いが強いと

人にシェアできないものだから、

ママカクメンバーさんが

ほんとうに惜しげも無く

有益な情報をシェアしてくださることが

すごくうれしい。

 

自分が幸せな状態じゃないと

他人の幸せな姿って受け入れられなくて

ついつい足を引っ張りたくなるものだし、

人と比較しては自分を責めたり

他人を批判したりしがちになるものだけれど・・・

 

ママカクはいつも

「みんなでラクに楽しく幸せに

子育てできるようになろうね!」

という雰囲気で。

 

私がしんどかったときにも

こんなコミュニティがあったら良かったな〜って

心の底から思います。

子育て中のお母さんには

全力でオススメできる。

 

これからも

子育て中のお母さんにとって

安心・安全なコミュニティでありたいな。

 

 

 

長期講座Facebookグループの投稿を

ご紹介させてください。

 

***ここから***

 

ここ最近ね、

私のイライラやモヤモヤを

刺激してくる出来事が

立て続けにあって、

やっぱり私の中に

根強くあるなーと感じたから

投稿させてもらいます。

 

それは、

どうしようもない事に対して、

いつまでもイヤイヤ、グズグズ、

泣きじゃくる子どもの姿。

例えば宿題が面倒くさいから

やりたくないと言う。

 

私:じゃーやらなくて良いんじゃない?

子:でも、やらないで学校に行くと休み時間に、

  宿題をやらなきゃいけないからやっていく。

私:じゃーやりな。

子:でも、やりたくない。

私:じゃー、やめたら?

子:だから、やらなきゃいけないからやるの!

私:じゃーやりな。

子:でも、やりたくない。

 

と、こんな感じで

永遠に終わりのない会話。

 

私は

「分かるよ。

面倒くさいし、

適当に書いたら直しで

休み時間にやらなきゃいけないから

適当にも出来ないし、

大変だよね。

やりたくないよね。」って思ってる。

 

自分が小学生の頃なんて

ランドセル家に放り投げて、

すぐに友達と遊んでいた気もするし。

こんなに宿題に追われる

小学校生活は

していなかったよなーとも思うし。

大変だなーとも心から思ってる。

 

 

けど、

同じ話を

何度も何度も繰り返しているうちに

段々、

「でもさー、

やっても良いし

やらなくても良いという

選択肢はあるけれど、

それでも

メリットデメリットを理解した上で

やると決めたんだよね?」って

思ってきてしまって、

最終的に

「じゃーやるしかないならやりなよ。

つべこべ言わずにやるしかないじゃん。」

って、思考になってしまう。

 

 

私自身やりたくない事があった時に、

最近は

「やりたくないよねー。

面倒くさいよね。

体疲れてるよね。

休みたいよね。

ダラダラしたいよね。」

ってワードで

気持ちを感じてあげてはいるけど、

やっぱり最後は私がやるしか無い時は、

「よし、やるか!!

って気持ち切り替えてやってるの。

 

 

気持ちを感じずに、

がむしゃらにお尻叩いて

やっている時に比べて、

一旦気持ちを吐き出す事によって、

かなり気持ちは軽くなるし、

気持ちを感じて

デメリットを理解した上で、

やらないと言う選択をすることもある。

 

 

でも、

自分でやると言っているのに、

やりたくないやる

やりたくないやる

を永遠に繰り返して

グズグズしている子どもの姿や

いつまでも取りかかろうとしない

姿を見ていると

次第にイライラしだすの。

 

 

この文章を書いているだけでも

色んな根っこが出てきたね。

 

・やると決めた事はやらなければいけない。

・グズグズしてはいけない。

・すぐに取りかからなければいけない。

・気持ちを切り替えなければいけない。

 

やっぱり私は

泣いても何も変わらない。

泣いて宿題が終わるなら泣けば良いし、

グズグズ言えば良い。

けど泣いたところで何も変わらないし、

誰も助けることは出来ない。

 

 

自分の事は自分で助けるしか無いし、

やるしか無い。

辛くても嫌でも、

泣きたくても、

逃げ出したくても、

それでもやるしか無いんだよ。

 

だからやるしか無いんだよ。

やれよ!!

って、思っているなー。

これが、私の心の声だ。

 

 

これじゃー、

子どもの気持ちに寄り添えるわけないよね。

 

花奈ちゃんがよく言う

「子どもをなだめる為に、

共感をするのでは無い」と

言っているけど、

私はやっぱり子どもをなだめる為に

共感していたのかなー?

 

何だか、

文書を書きながらも

頭の中がグチャグチャになっちゃって、

良く分からなくなっちゃった。

他にもここ最近イライラしたポイントが

場面は変わっても、

感じる感情は同じ感じで、

これがホント根深いなーって思ってる。

 

 

***ここまで***

 

 

目の前の子どもに

イライラしている場合もあるけれど

そこで何もできない

(解決してあげられない)

(良い方向に導いてあげられない)

(助けてあげられない)

(役に立ってあげられない)

(頼りにならない)

そんな自分に

イライラしている(怒っている)

ということもある。

 

 

怒っている相手が

「自分」ということは

ままあって。

 

母親や父親に怒っているようで

自分に怒っていたり。

 

子どもに怒っているようで

自分に怒っていたり。

 

 

特に

「自分が無力であること」

「自分が役に立たない人間であること」

「自分が完璧な人間ではないこと」

「自分が能力の低い人間であること」

「自分が力不足であること」

なんかを責めているということが

割と多くあります。

 

 

「自分が〇〇だから△△だったわけではないんだよ」

ということを

自分自身に繰り返し伝えていくと

良いかもしれませんね。

 

例えばですが・・・

よくあるのが

「モラハラ気質の父親から、

母親を守ってあげられなかった」

という罪悪感を抱えているパターン。

 

子どもが守れるはずないし、

大人二人の関係性を

子どもがどうこうできるわけでもない。

 

大人になったいま、

そして母親になったいま、

子どもに対して「守ってほしい」とか

「私たち夫婦の関係性をどうにかしてほしい」

なんて、もちろん思わないし、

そんなことできるはずがない

(子どもをバカにしているわけではなく)

と、思いますよね。

 

でも、子どもは

「お母さんを幸せにしたい」と

強く強く思っているから

「お母さんが幸せそうじゃない」のなら

「自分の力で何とかしなくちゃ!」

「私がお母さんを幸せにしなくちゃ!」

と思って、がんばる。

 

でも、もちろん、子どもの力では、

状況は変化しないことが多いから

「罪悪感」「無力感」「無価値感」を

もってしまいがちなのです。

 

 

そして、この小さいころの

「罪悪感」「無力感」「無価値感」を

子育てにおいても、

子どもと関わる状況においても、

刺激されることがとても多いのですね。

 

 

「罪悪感」も

「無力感」も

「無価値感」も

もつ必要なんて、全くなかった。

そして、いまも、ない。

 

気づいたときに、

かるーく、ポイッて

手放せると良いですね。

 

かるーく、ね。

 

 

 

 

 

今日も、すてきな1日を。

 

 

 

 

 

福田花奈絵